Friday, 7 March 2025

老人と白米

 先日の昼時、腹が空いて通り掛かった中華料理店に飛び込んだ。ただ入ると、白いテーブルクロスと豪華な装飾に圧倒された。「間違ったな?」と一度は出ようかと迷った。ただ外は寒いし所詮はランチなので、結局「まあいいか」と諦めた。

店内はガラガラで、「よくこんな店がやっていかれる?」と待っていると、暫くして白髪の老人が入ってきた。足取りが危なく、歩くのもやっとだったが、係の人が席に着かせた。その人は常連風で、昔は大会社の重役でもしていたような風格があった。

ウェイトレスは「いつものでいい?」と聞いた。ただこれにはビックリした。まるで居酒屋の女将さんが話すような感じで、立派な店には相応しくなかった。白髪の人の着ていたジャンパーはヨレヨレで、奥さんに先立たれたのか見すぼらしかった。そして遥々こんな店まで足を運ぶ余生に思いを馳せた。

その人は(いつもと同じの)麺と白米を食べていた。その(一日一回の)白米が何とも侘しかったのであった。店が立派だっただけに、そのコントラストが意地らしかった。

故吉村昭氏の短編小説「碇星(いかりぼし)」が10版を超えている。どれも人生の終わりに差し掛かった男の話である。デパートの喫煙所で毎日時間を潰す男達の成り行きや、定年後に会社から斡旋された葬儀会社の男が、元上司から死後の世話を頼まれるとか、中年女を後輩に世話する話など、場末の人間模様であった。

吉村さんは「長編小説を書いた後、2〜3カ月は放心状態になる。そんな時短編を書く」と言っていた。息抜きで筆が走ったのは分かるが、こればかり弱った男の暴露小説だった。もしも彼が存命なら、こんな復古版なんか許さなかったのでは?と思った。

老人は体力も衰え、人と交わる機会が少なくなるから喜怒哀楽がなくなり、預金も尽きるから行動範囲は狭くなるし、特に伴侶に先立たたれると食事に困る。やっと定年を迎え自由な生活が待っているかと思いきや、晩年になると坂は益々キツくなるのであった。

No comments: