Friday, 13 August 2021

敵討ちと仇討ち

幕末史を読み漁ると心に残る話に出合った。それは佐高信の「西郷隆盛伝説」に出て来る相楽総三という元水戸藩士の話である。江戸で土佐藩の板垣退助に保護され相楽は、赤報隊と呼ばれる攪乱隊の隊長となり江戸の放火で活躍した。ただ次第に独断行為が目立つようになり、偽官軍と呼ばれるに至っては、仲間に捕らえられ処刑されてしまった。それから数十年後、孫が仏壇から祖父の髷を発見し、その真相を探るべく、当時を知る板垣退助や大山巌に面会を申し込むのだがいずれも謝絶された。殺害した男(香川敬三)も伯爵にまで上り詰めた大物で、結局無念を晴らせずに終わるのであった。元水戸藩が災いしたのか?将又汚れ役の宿命だったのか?それは分からないが、名誉回復を願う孫の心境が切なかった。

これがもしも江戸時代だったら、孫の敵討ちとなる処であった。しかし本物の敵討ちとは、宣言すると藩から支度金を貰い、生涯仇に出合って本望を遂げるまで放浪を続けるという、人生を賭けた一大仕事だった。吉村昭の小説「敵討」を読んで、初めてその仕組みを知った。 

ただ時代が明治に変わると仇討ちは犯罪になってしまった。江戸時代に父が殺された息子が、犯人を探し当てた時は明治に変わっていた。殺人と知りながら本懐を遂げる小説は、臼井六郎をモデルにしたやはり吉村昭の「最後の仇討」である。忠臣蔵ではないが、どちらも永年の恨みを晴らす件は、何故か痛快である。

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