30歳代の頃、仕事で良くタイに行った。何回か通う内に片言のタイ語を覚えた。ところがいざ使ってみると、タイ人からクスクス笑われた。それは女言葉だったからである。後で分かったのだが、例えば「こんにちは」は、男言葉がサワディクラップで女言葉がサワディカーと語尾が微妙に違うのであった。学習した場所が一目で分かってしまうし、誠に恥ずかしい思いをした記憶がある。同僚のKさんに至っては、如何わしい店で覚えたチャカチ(くすぐったい)や、ゴルフ場でキャディーが叫ぶアンタライ(危ない)が持ち駒だったりして、もっと質が悪かった。
そんな事を思い出したのは、エドモンド・ロスチャイルドの「ロスチャイルド自伝(A Gilt-Edged Life Memoir)」に出て来た失敗談である。戦後何度も日本との経済交流で訪れたロスチャイルド氏であったが、初めての来日に先立って日本語を覚えた。ところがそれを得意げに使うと、聞いていた財界人は笑いを押し殺していたという。やはり女言葉だったようだ。
自伝は絵に描いたような人生を綴っている。職業の銀行業はじめ趣味の園芸、若い頃の世界旅行など、余りの別世界に途中まであまり親しみを持てなかった。ところが後半の多くを日本の思い出に割いていて、本当に日本が好きだった事が分かった。日本人は勤勉で秩序を重んじ清潔云々は、黒船のペリーが遠征記で語っていた印象と同じであった。皇居の庭園に落ちていた椿の種をこっそり持ち帰り、英国の庭園で育て17年後の花が咲いたエピソードや、武見太郎がヒースロー空港の税関に腹を立てそのまま帰国してしまった話、当時上映され日本を舞台にした「007は二度死ぬ」の舞台になった九州で、イアン・フレミングに教えられて別府に行った話等々。芸者パーティーも気に入っていた。同僚のウォーバーグ氏と比べるとソフトな感じがした。
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