先日ある会に呼ばれて、銀座のレストランに行った。天香回味という台湾料理の店だった。薬膳料理の鍋版で、スープに入った野菜がメインだった。只管2時間近くも野菜スープを食べ続けると、食傷気味になったが、胃ももたれなくて良かった。それにしても休日の昼と言うのに満席で、わざわざ銀座まで食を求めて来る人が多いのに驚いた。
話題は当然その台湾になった。テレサテンや嘗ての日本の統治時代のニイタカヤマなど、昭和19年で終戦になっていれば、今頃は沖縄のように日本の一部になっていたかも知れない?などと盛り上がった。今では中国が「尖閣列島は台湾の一部」なんて言っているから猶更だ。台湾人は、李登輝始め親日的な人が多く、そのせいか中国人や韓国人のようにギスギスしたものがない。確かに店の従業員の人も、心持ち柔らかい雰囲気があった。
台湾に始めて行ったのは70年代だった。香港から帰国する途中、飛行機のエンジントラブルで台北の空港に不時着陸した。当時は国交が無かったので、乗客はバスで近くのホテルに運ばれて、一夜を過ごすことになった。行った先は後になって分かったのだが、有名な北投(ペイトウ)温泉だった。乗客には大広間で食事が出された。ところが食事が終わる頃になると、若い女性がぞろぞろ入ってきて、壁に並ぶ椅子に座り始めた。暫くすると中年のおばさんがやって来て、「どの子がいい?」と聞かれた。学生の身でカネも度胸もなかったので断った。翌朝またその広間で朝飯を食べていると、玄関から仕事を終えた女性が肩を落として帰る姿が目に留まった。それは侘しい光景だったが、そういう場所でそういう時代だった。そんな事を思い出したりした。
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