Wednesday, 25 September 2019

サイレントワード

テニス仲間のHさんが亡くなった。お別れ会の教会に行くと沢山の人が来ていた。ピアノとヴァイオリンの奏でる中、牧師さんの話が終わると子供達が代わる代わる挨拶に立った。父の仕事、結婚、老後の生活など思い出話を聞くうちに、知られざるHさんの一面が浮かび上がって来た。奥さんから、亡くなる前の日に家族を呼んで感謝の言葉を伝えた話を披露した。慰霊の写真も自撮りして用意し、最後を全うしたというから驚いた。

式の最後に、讃美歌の「また会う日まで・・・」を合唱した。どこかで聞いたメロディーに、不思議と本当にまた何処かで会えるような気持ちになり楽になった。兎角お葬式と言うと儀礼的に成りがちだ。列を成してお焼香が済むと、お清めと称してアルコールが待っている。参列者で知り合いが居ようものなら、いつの間にか故人を差し置いてよもやま話になってしまう。その点こうしたキリスト教の会は、本当のお別れの会だから心が温める。

挨拶に立った次男が、「就職を控えた頃、父に自分は社会の歯車になりたくない!みたいな事を云うと、父は黙って聞いていた。今から思えば、どうしてあんな事を言ってしまったのだろう?」と後悔している話をした。数ある思い出の中からそんな些細な、それでいて父の胸に寄り添おうとする姿はとても自然で聞いていて打たれた。語らなかったことが一番の記憶に残るとは、正にサイレントワード(Silent word)なのだろう。人は故人に対して後悔と罪意識を持つものだ。何かとても分かるような気がした。

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