Friday, 14 June 2019

大平洋戦争の戦利品

ヴァージニアの戦争博物館に行くと、日章旗や軍刀など数多くの戦利品を陳列していた。日本では殆ど見ることがないだけに、珍しく眺めた。ただ故人の形見が、遥か遠い国で見世物になっているのは哀れである。以前、テキサス州の博物館に特殊潜航艇が眠っていた時もそうだったが、「国に帰りたい!」と言われているようだった。

ノーフォークにあるマッカーサー記念館(MacArther Memorial)には、東条首相が保有していた2本の名刀があった。アイゼンハワー大統領から贈られたらしい。マッカーサーは代々軍人の家系で、父もフィリッピン総統を務めるアジア通のエリートだったようだ。ただ戦後に大統領候補になった時、日本の開戦に理解を示した事が裏目に出て候補から外れた。記念館は立派だったが、今では訪れる人も少なく、何か過去の人という感じがした。また日本に駐留した時、奥さんと一人息子を写した写真が何枚かあった。ただその息子は軍人でなく音楽家の道を選び、マッカーサーという名前も改名したという。偉大な父から逃れたかったようで、栄光には後日談がある事を知った。

大平洋戦争は、真珠湾から始まり、ミッドウェー海戦がターニングポイントになり、最後は広島の原子爆弾で幕を閉じた。そのストーリーは何処に行っても同じで、海軍兵学校のアナポリス(Anapolis)の碑にもその件が載っていた。庭には日本の酸素魚雷も置かれていて、敵国への敬意も伝わって来た。またダラス空港の航空博物館には、広島に原爆を落としたエノラゲイに並んで、月光、紫電改と言った日本の戦闘機が置かれていた。当時の最新鋭の技術を持ち帰ったようだ。日本人の知らないモノがアメリカに行くと見れる、考えて見ればそれは不思議な事である。

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