その琥珀(Amber)であるが、バルト海の町を旅すると、多くの土産物屋でネックレス、ブローチなどの装飾品を売っている。特に昨年訪れたポーランドの港町グダニスク( Gdańsk)では、琥珀通りみたいな一角があって、それは賑やかだった。それもそのはず、グダニスクは隣のカーリングラードと共に、世界の琥珀の85%を産出するメッカだったのだ。琥珀は4000万年前の化石である。改めて眺めてみると、確かに神秘的な色をしている。
グダニスクの町は、カラフルな色彩の建物が連なるそれは美しい町だった。バルト海の青さとマッチし、ドイツ程洗練されてなく、北のリトアニアやラトビア程寒々しくもなく、中世のポーランド、プロイセンだった。町の何処を撮っても絵になった。ただ昔はドイツ人がいたので、至る所にその痕跡が見られた。その一つがドイツ騎士団のマルボルグ城であった。今では世界遺産のお城で、壮大な城壁はいかにもドイツらしかった。
旅では、車でカーリングラードの方向に2時間ほど行った所にあるシュトゥットホーフ強制収容所も訪れた。ここはグダニスクやアウシュビッツから送られた人の労働キャンプである。人体から作る石鹸工場跡や焼却炉が残っていて、敷地内の自家栽培の温室や立派な邸宅と共存している姿が生々しかった。収容所の裏の森を抜けると、バルト海の広大な海岸線が拡がっていた。夏のこの時期、グダニスク周辺から訪れる多くの海水欲客で賑わっていた。ミュンヘン郊外のダッハウ収容所もそうだったが、地元の人々はまるで暗い過去が無かったかのように今を生きていた。
No comments:
Post a Comment