皇太子と言っても奥さんは身分が低かったので、皇帝は始め結婚に反対した。結局渋々許可した条件が、一代限りで子供に継承権は与えなかった。それを「貴賤結婚」というらしいが、その言葉を今回初めて知った。そんな皇太子が唯一奥さんを同伴したのがサラエボだった。江村さんの本はその辺のセンチメンタルにも触れているので、とても読者を引き込ませる力がある。いい例が皇帝の性格だ。例えばヨーゼフは倹約家で使い用紙にメモして指令するとか、軍人として朝4時に起きて11時に就寝するルーチン好きだとか・・・、こうしたフレーズが読者をして皇帝との距離を縮めてくれる。
「最後の皇帝」という意味は、それを象徴する多くの悲劇が決定打になっていたようだ。皇帝の一人息子は心中し、弟はメキシコで、奥さんのエリザベートもイタリア人に殺害された。そしてこうして甥だった皇帝夫妻もそのテロに会った。改めて時代の運命を感じてしまうが、それはまた現実的で皮肉的であった。テロを起こしたセルビアは、ハプスブルグのオーストリア・ハンガリー同盟から離れたいと思っていたかも知れないが、結果的には敵対したロシアの傘下に入ってしまったからだ。それを思うとあのクロアチアやスロベニアのように、じっとした方が良かったのではないか?と思ってしまうのである。いずれにせよ、撃ったプリンツィップ(Princip)というセルビア人は、まさか皇太子が目の前に来るとは思ってもなくサンドイッチを食べていたというから、偶然というか、そんな歴史の巡り合わせに立ち止ってしまうのであった。
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