Saturday, 14 October 2017

ハイチの日系選手

先日、ジャパンサッカーの親善試合ハイチ戦があった。大勝を予想していたが、結果は散々で3-3の引き分けに終わった。W杯への候補選びが熾烈になるさ中、これで終わった選手も多かったのではないだろうか。そのハイチ選手の中に日系人がいた。どんな軌跡を辿ったのか知らないが、意外な処に意外な人がいるものだ。

意外と言えば、あのモンテ・クリスト伯の作者アレキサンダー・デュマ(Alexandre Dumas)もルーツはハイチである。デュマのお爺さんは、当時フランス領だったハイチでカカオのプランテーションを営んでいた。そこの奴隷女性との間に生まれたのが、(やはり同じ名前の)父親デュマだった。彼はナポレオンに仕える軍人になり将軍まで登り詰めたが、フランス社会で黒人が生きるのは容易でなかった。その辺は、「ナポレオンに背いた黒い将軍(原題:Glory Revolution, Betrayal and Real Count of Monte Cristo)」に書かれている。当時ハイチはサン・ドマング(Saint-Domingue)と呼ばれ、スペインから引き継いだ黒人奴隷の貿易地だった。デュマの母親もその奴隷の一人で、マリーという名前は、Marie du mas(農家のマリー)から来たという。

父も作家のデュマも、その母親の名前を使い続けた。モンテ・クリスト伯はフランス革命を舞台にした復讐劇であるが、父母の生い立ちと無関係ではなさそうだ。小説は孤島の財宝やバルカンの首領の娘の庇護など、エキゾチックな彩が何とも言えない。かのサッカー選手も一味違った生い立ちだ。これからどんな人生が待っているのだろう。

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