Thursday, 19 February 2015

夜明け前の頃

"木曽路は全て山の中である・・・"、有名な出だしは島崎藤村の「夜明け前」の一節である。その藤村に憧れて、伊那谷を旅したのはかれこれ40年以上前だった。妻籠、馬籠、中津川と歩き、小説「破戒」の舞台を辿ったものだった。

長野から名古屋に出る途中、その関所処の木曽福島に泊まった。この季節、雪に覆われているかと思ったが、微かに山に残雪が残り雨水の気配が感じられた。街は既に1万人を切っている過疎地で、とても静かだった。夕方になり一軒の居酒屋に入った。扉を開けるや食器が山積みされている汚い店だったが、入ったからには一杯飲もうと閑念した。暫くして男が入って来た。聞き耳を立てると、どうやら借金取りだった。そこには藤村のロマンは微塵もなく、あるのはただ現実の世界だった。

「夜明け前」はペリー来航を受けて書かれた小説だ。こんな田舎にも開国の余波があったのかと、改めて当時の空気を感じた。そして伊那の旅は、今から思えば自身にとっても夜明け前だった。

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