先日、とある縁で久々にシャンソンを聞きに行った。最近でこそ下火になったが、昔のシャンソンブームは凄かった。銀座資生堂の近くにあった「銀パリ」には多くの人が詰め掛けた。越路吹雪や芦野浩が活躍していた頃だ。日本が戦後復興を遂げる中、シャンソンは何とも言えない力強さと文化の香りがした。
ところが本場パリに行ってみると少々趣が変っていた。80年代だったか、シャンソ二エを探してみてももう無いと言われた。それでも観光客目当てに2つのシャンソ二エがあった。一つはシテ島近くのカボ・ドゥ・ウブリエット(Le Caveau des Oubliette)、訳せば忘れられた地下室、その名の如く革命時代の牢獄でカビ臭かった。もう一つはモンマルトルのラパン・アジル(Lapin Agile,すばしっこい兎の意味)である。ただどちらも中世や庶民の砕けた歌で、エディット・ピアフの世界ではなかった。
その頃、晩年のジュリエット・グレコ(Juliette Gréco)のコンサートに行く機会があった。取り壊し前のオリンピア劇場で、60歳になっていたか、か細い声を絞り出していたのが印象的だった。それを聞いていて、自分が知っていたシャンソンの時代は終わったのだと実感した。シャンソンのメロディー・歌詞には哀愁があり、女が力強く生きる生き様が伝わってくる。ただ女が強くなった現代、もはやそれは過去のものになってしまったのだろう。
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