昨日、横田夫妻がめぐみさんの娘と会った。場所は第三国のモンゴル、ニュースを見る限りとても嬉しそうだった。
めぐみさんが拉致されたのは新潟市内の海岸だ。護国神社と呼ばれる大きな境内から、ちょっと歩くと松並木の海に出る。海岸は当時から切り立った砂浜と防波用のテトラポットが置いてあった。子供の頃、その砂丘を転がって遊んだ記憶がある。失踪した付近の新潟小学校の校歌は、「日本海の荒波に、打たれて強い我ら我ら・・・」で始まるように、日本海の波は年中荒い。そこに北の工作員が船で乗り付け浚って行った。1977年というから、もうあれから37年も経つ。
横田夫妻はその間只管待ち続けている。戦っていると言った方がいいかも知れない。人生の大半を、しかも四六時中それに掛けて生きてきた夫妻の心境は如何なるものか、それを思うと背筋が伸びるのである。やっと孫には会えた、次は娘だ。一度でもいいからめぐみさんに会わせてやりたい!
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