毎日のように飲む酒、祝い酒、忍び酒・・・色々あったが、一番哀しい酒は何といってもSさんとの一献だ。
Sさんはもう10程前に亡くなった会社の先輩だ。まだ20代の頃だったか、神楽坂の小料理屋に連れて行ってくれた。例によってSさんは飲み過ぎてゲロゲロやっていると、迎えに来たのが後の奥さんになるフィアンセだった。それから30年、徒労で癌を患い七転八倒していた。投薬で抜けた髪はカツラでカモフラージュしていたが、精巧に出来ていたため、私でさえも言われなければ分からなかった。勿論アルコールは止めて、通院生活を送る末期だった。
そんな中で、一度神楽坂の店に行こうということになった。大丈夫かと心配していたが、当日例によって暖簾をくぐると女将が待っていた。既に80の大台を超えていたが、相変わらずシャッキとしている。若い頃は泉鏡花の世界に出てくるような花柳界の華だった人だ。そしていつもの新政を飲みながら、Sさんと女将の昔話が始まった。横で聞いていると、女将は「頭も昔のままでふさふさじゃない!」と言う。そんな訳ないのだが、適度にボケてきた女将と死が見えてきたSさんの絶妙な会話が続いた。私はそれを横で聞きながら、哀しくて哀しくて涙が止まらなかった。
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